建築ジャーナル
2003年 3月号

建築家と喜怒哀楽してつくる家

テーマ「家族の絆」が吹き抜けに
H邸
住宅のキーワード ● 子どもの精神形成を配慮した住宅設計
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テーマ「家族の絆」が吹抜けに H邸 設計 : 金昌秀 (秀翠一級建築士事務所)
毎朝、「ご飯よ」と言う母親の声は、居間の2階から3、4階の子供部屋に直接届く。その吹抜けホールは、室内を明るくし、家族の一体感を増した。「テーマは『家族の絆』なんです」と妻のH・Mさんは話す。
1階は、夫のH・Nさんの経営する司法書士事務所。7年前、育ちぎかりの子どもと住む、仕事場を兼ねたこの家を建てた。設計は金昌秀さん。H一家は建築家と家をつくるのは初めてだった。最初に驚いたのは、金さんが「建築家に任せきるのはだめ。家族のテーマを決めてください」と言ったこと。まずは図面を書くのが建築家と思っていた。夫婦と3人の子どもが話し合い、冒頭のテーマにまとまった。そして 「いつも子どもを見守る」という親の思いが、吹抜けホールの案となった。3階の子供部屋と夫婦寝室は、双方の部屋からと2階からも見える。こもりたいときはブラインドを下ろせばよい。
金さんは夫婦に、自らの手で家具のすべてを計るよう提案。そのデータが設計に生かされた。寝室に、婚礼時の衣装たんすがピタリと収まっている。金さんのプランをとっぴに感じたこともあった。「東に面した居間の壁をガラスブロックに」 はとまどった。だが竣工後、柔らかい光が部屋に満ちるのを見て、「建築家の頭はプランの宝庫ね」と感心した。 H一家の生活の軸は2階にある。そのまた中心は、Mさんのキッチンかもしれない。2階の居間が見渡せる。「H家の基本は 『食』」とMさん。朝、夜の食事を必ずつくり、家族で食事をとる。その後のくつろぎの場所は、続きの居間。ソファに座ると、吹抜けの 「抜け」が心地いい。3階の黄色のポールが、白壁となじんで暖かく見える。金さんによると 「黄は希望の色」という。
寝室から、吹抜け下の2階居間と3階の子供部屋が見える。カーフする天井の紺色が、気持ちをリラックス古せる。ベッドカバーも、その色に合わせることが多いという。 撮影:編集部
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住宅のキーワード
子どもの精神形成を配慮した住宅設計
●家族の生活行為が子育てにつながる
子育てが住宅の設計と何の関係があるのかと不思議に思われるでしょうが、結論から言えば、非常に密接な関係があります。住宅の設計はさまざまな手法を駆使して建て主の要求を空間にするのですが、設計を行なうにさいし、建て主の家族構成や好みなどを知っておかなければ作業は進みません。同居する予定の祖父母の年齢や子どもたちの性別・年齢のみならず、各個人の趣味や好きな色なども把握する必要があります。そのなかでも、子どもに対する家庭内教育についての考え方は、住宅空間を構成する上で重要な要素になります。 住宅を新築しようとする人たちの家族構成はさまざまなのですが、家族構成により要求される建築空間もまた変化するものです。50〜60歳代で新しく住宅を建築しようとする人は少なく、30!40歳代が中心になります。その人たちの一般的な家族構成は、就学児童か就学前の幼児と若夫婦、そして将来的には同居しょぅと決めている若夫婦の親といったところです。ここでの「子育て」という言葉は、小・中学校に通っているかこれから通うであろう子どもを抱えている親が使う子育てと住宅の関係についてです。 人間はさまぎまな集団に帰属しながら生活を送るものですが、そのなかでも、一生を通じて所属し最も深い関係をもつ集団が家族です。そして、その集団のなかで好むと好まぎるとにかかわらず社会的人間として育てられます。成長とともに生活圏は拡大し、家族集団のみならず学校集団、友人の集団、職場集団などさまざまな社会集団に帰属するようになりますが、この最初に帰属し一生を通じて深い関係をもつ家族という集団のなかで社会的人間として育てるときに、その家族の生活行為そのものが子どもの精神的支柱を形成していくことになります。
●建築空間が子供の成長過程にかかわる
ここで、子育てが住宅の設計と何の関係があるのかという課題に戻りますが、家族の生活行為のあり方というものは、その家族が生活する空間によって(よし悪しはともかく)規制されてしまうということです。ある部屋に行くときに、現在の位置から直進して行けば最良なのですが、行く手が壁で塞がれていれば仕方なく曲がらざるを得ないということがあります。逆にいえば、その家族が考える最良の生活行為を想定し空間をつくっているならば、子どもが家庭内で行なぅ行為そのものが親の望んでいるような子育てに結果としてつながるということです。 人間は五感で物を認識するのですが、建築空間は味わうという味覚以外の4感を使って認識します。壁や床・天井の材質などを眼で見て、叩いてはその音を聞き、手足で触れ、匂いを嗅いでその空間のもつ特色を記憶として意識のなかに刻みます。日常の生活は同じような行為が繰り返し繰り返し行なわれるのですが、その行為は常に空間を認識しながら行なわれ、上書きの記憶として保存されます。そして、時間の経過とともに、その行動や考え方に影響を与える潜在意識を形成するようになります。 子どもの成長過程で空間が与える精神的影響は決して小さなものではありません。筆者の子どもが8歳くらいのころですが、トイレの扉を開けて用をたすので、なぜ扉を開けているのかを開いたところ、一人でいるのが怖いからと言うのです。扉を開けていようと閉じていようと用をたすという行為そのものを一人ですることには変わらないのですが、子どもの心の中には、狭い空間に対する恐怖心があるために、扉を開けて少しでも空間を広くし、安心感を得ようとしているのです。このように、空間の認識のあり方によっては人間の行為そのものに影響を与えるといえます。 住宅設計においての一例ですが、日常生活で「接客をする」という行為と「挨拶をする」という行為、そして「部屋に行く」といぅ行為があります。親の教育方針として「子どもたちには親の客に対しても挨拶をさせたい」といぅ場合に、建築空間としてこの問題を解決できる方法はけっしてむずかしいことではありません。接客する空間を通らなければ子ども部屋には行けないようにすればよいのです。(図-1)もし、接客をする空間が居間であり、2階に子ども部屋がある場合には、居間を通らないと2階には行けないという空間構成にすれよいわけです。そうすれば親は客に挨拶をするようにと子どもに声をかけるでしょうし、その行為が繰り返して行なわれることにより親に言われなくても子どもは自ら挨拶をするようになります。
●なぜ一人部屋なのか不明確
前述のように、人間は家族という集団に帰属しながら、成長とともに生活圏が拡大しさまぎまな集団にも帰属するようになりますが、これらの集団の中で自我意識がめばえると同時にストレスもまたもつようになります。住宅を建てようとする人たちにとっては、自我意識がめばえ始める育ち盛りの子供たちを抱える時期でもあります。 住宅の設計条件を話し合うなかで、家族構成で子どもが3人の場合には子ども部屋が3つ必要ですといわれます。家を新しく建てるからには当然のごとく一人一部屋の発想のようです。このことは、親がもつ子ども時代の経験から来る願望の場合と子どもの要求である場合とがありますが、いずれにせよ、なぜ一人一部屋なのかの理由が不明確である場合が多いことです。その家族のライフスタイルにあわせて空間を構成して行く過程があり、結果として一人一部屋になったのであればよいのですが、先に結論ありきであってはよい結果を生まないことのほうが多いでようです。 自我意識がめばえると同時にストレスをもつようになる成長期の子どもたちは自分のプライバシーを守ろうとするる意識が強くなります。このような時期に新しい家の計画がもちあがるわけですから当然のごとく自分の部屋が欲しくなるはずです。家を建てようとする親は家族すべての要求をかなえようと奮闘するのですが、現実的にはそのことが困難な状況に直面する場合があります。多くの場合が建築予算にかかわることなので、全体の規模を小さくするために部屋の面積を小さくするか、どこかの部屋そのものをなくそうかという考えになってしまいがちですが、その部屋が子ども部屋であったら大変です。
●「家族として望むべき姿」を子どもと話し合う
ここで、キーワードにある育ち盛りの子どもと親との関係についてなのですが、家を建てようとするときに、なぜ一人に一部屋が必要なのかを考え直さなければなりません。大抵の親は、子どもが精神的にも肉体的にも健全に育つことを望み、そのように守ろうともします。一方、成長期の子どもは、起こってくるさまぎまな問題に対処できずにストレスをもつようになり、自分を守る唯一の空間が自分の部屋であり、親の出入りさえも拒否できる神聖なもののように考えてしまうことがあります。「私の部屋に勝手に入らないで!」と子どもが言うのもそのためでしょう。親が子どもに対して望むことと、子どもが親に対して望むことが理解しあえていないからです(理解しあえている家族のほうが少ないのかもしれませんが)。 家を建てようとするときに最も重要なことは、何のために建てるのかの目的を家族のなかで納得のゆくまで話し合うことです。「小学生、中学生の子どもにそんなことを話し合っても」と思わないでください。「子どもには部屋を一つ与えたらそれで良いじゃないか」と安易に考えないでください。話し合いの目的は部屋の有無や広さではなく、「家族としての望むべき姿」についてです。抽象的になりましたが、簡単にいえば、家族がバラバラになるために家を建てようと考える人はいないはずですが、結果的にはそうなってしまう場合がありますし、ただ、人数分の部屋が並んでいるというだけの住宅になってしまう場合もあります。それは、「家族としての望むべき姿」が描けていなかったからです。 新しく家を建てるということは、新しい家族関係をつくることになるといってもけっして過言ではありません。 |